ペルー マチュピチュの旅
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FLAG
■概要
GAIYOU
マチュピチュ

ペルーは南米の太平洋側に位置しており、首都はリマ(Lima)です。16世紀からのスペインの植民地時代を受け、街並みはその影響を色濃く残しています。

ペルーにはアマゾン川流域の熱帯雨林のジャングル、アンデス山脈の標高6000mを超える尾根が連なる高原地帯、太平洋側の世界でも有数の砂漠地帯と、1つの国ながらたくさんの顔を持っていることも、多くの旅行者を惹きつける魅力となっています。また、インカを始めとした古代文明も大きな魅力の1つです。中でもユネスコの世界遺産の1つに指定されている『マチュピチュ』は、日本では『インカの失われた都市』、『空中都市』として紹介されており、「一生に一度は行きたい世界遺産」のベスト1に輝いています。

ペルーの遺跡はマチュピチュだけでなく、紀元前1000年頃に作られたとされるチャピン遺跡、インカ帝国前に栄えた都市遺跡のチャンチャン遺跡など数多くの遺跡が残っています。また、地上に刻まれた地上最大の落書き(?)であるナスカの地上絵やインカ文明とスペイン文化の調和が見事に取られた都市クスコなど様々な魅力で溢れています。アンデスの風と古代文明の空気を同時に感じられる国ペルーは数多くの旅行者の憧れの地となっています。

■歴史
12CORNERS_STONE
石材技術の高さを示す12角の石

ペルーの歴史を語るにあたり、最も重要なワードはインカです。インカとは国の名前で、南アメリカのペルーとボリビアの地域を中心にケチュア族が作った国です。インカ帝国は15世紀に南部の山岳地帯から勢力を広げ、現在のクスコ(Cuzco)に首都を置きました。インカ帝国の石材の加工技術は「隙間に剃刀1枚も通さない程」と言われ、高い技術力を誇っていました。また、金を加工する技術も持ち合わせていました。このインカ帝国時代の文化が数多くの遺跡に影響を与えています。

16世紀のスペイン軍の侵攻で、インカ帝国は100年余でその短い歴史を閉じます。以降、ペルーは1891年の独立まで、スペインの植民地となったため、ペルーは言語、宗教、文化とあらゆる面でスペインの影響を多く受けています。

インカ帝国は文字文化を持っていなかったため、その歴史や文化は不明な点が多く、今後の研究が待たれています。

■言語・宗教
NECKLACE
 
パチャカマのネックレス

公用語はスペイン語、ケチュア語、アイマラ語となっています。
国民のほぼ全員がスペイン語を話すことができますが、山岳地帯のインディヘナ周辺ではケチュア語、チチカカ湖周辺ではアイマラ語を使用ています。ただし、観光客が訪れる地域は誰かしらスペイン語が話せますし、ツアーのガイドやホテルの受付などでは堪能ではありませんが英語で会話をすることができました。
買い物の値段交渉などは電卓を持っていけば言葉がわからなくてもできますので、是非電卓は持っていってください。

宗教は国民の95%以上がカトリック系のクリスチャンです。ペルーの都市の至る所に教会と十字架があるのでその実情を体感できると思います。チチカカ湖周辺では大地の神であるパチャママを信仰しています。チチカカ湖に行けばパチャママ信仰の太陽と月をモチーフにしたネックレスを買うことができます。(左写真)

■治安

主な観光地では警察官も多数配備されており十分に治安は保たれていますので、問題なく観光は可能でした。 リマについては置引や盗難が頻発するようなので注意してください。また、2007/8/15に発生した地震の影響で、イカ周辺の治安は悪化しているようです。

私の行った感想では、マチュピチュ、クスコ、プーノなどの山岳地帯周辺は比較的治安が良く感じられました。

詳しい渡航情報については外務省の海外安全ホームページを参照してください。

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